制御不能?・・・
大した関連はないのですが 秋葉原で起きた通り魔殺人事件の裁判報道を目にして ふと思い出したことがありました
私の四歳の頃の話です
近所の遊び友達の兄弟と私の三人を 当時独身の叔母が引率してくれて デパートの屋上のミニ遊園地へ赴いた時のことでした
その幼馴染の友の兄の方は 地元でのガキ大将というか とにかく幼児仲間の間ではいじめっ子で知られた存在で 実際私もその餌食となっている渦中にありました
それが伏線としてあるのですが 今でいうコーヒーカップ状の遊具に三人で乗った時のことでした
カップの中心にあるテーブルには小さな円状のハンドルがしつらえられてあり 椅子に腰掛けた誰でもがそれを回すことが出来て カップ全体の大きな回転はつまり地球の公転の様な回転は あらかじめ装置が自動で行うのですが そのハンドルを回転させることで 地球の自転のような各々のカップの回転は そのハンドルで行えるようになっているようなのでした
普段威張りちらしているそのガキ大将君は どうやら乗り物酔いのしやすい体質なのか カップが動き出して早々から顔色が薄青く変色しだしてくるのが 幼い私にも解りだしました
「もうやめよう もう止めよう・・・もう止めて!!」と普段の勢いが嘘のように弱気になりだしました
「吐きそう 吐きそうだよ」
ハンドルを握る私の手をそこから必死に剥がそうとしてきます
半ば無意識にでも 積年の(?)いじめられてきた恨みが こみ上げくるのでしょうか 上半身をテーブルの上にまで傾けて 必死で私はハンドルを廻し続けました
私達の乗ったコーヒーカップは 恐らくダントツな自転スピードで回り続けたことでしょう
「止めて 止めて!! 止めてー ヤメテー」
悲痛な叫び声が遊具内をこだまし続けました
私はものに憑かれたように それこそ死に物狂いでハンドルを廻し続けました
「何て子なんだろう 小さいくせに狂ったような顔つきになってしまって・・・どうして? スピード狂の坊やか?」と さして事情の知らない叔母は 手すりの外から私達を迎えながらひたすら驚いておりました
この時自分でも自身を制御できないことを 人生で(?)初めて経験をしてしまい 驚きというか 少し怖ろしくもありました
いやあ 自分にもこんな一面があるのだと・・・というか普段抑圧されていると なんかの拍子にそれが破裂すると とんでもないことをしでかすものだなあという実感を得たというか?!・・・
で その時の経験が立派な(?)教訓として 刻印され続けてきたのか その後の人生で再び切れそうとか 狂いそう(?)とかという状況に近くなった時にも よしんば一時の気分に押されて そんな状況に身を陥れても 結果的に一向に自分も楽しくはないし 済んで見てただはかなさや 虚しさだけが残るものだという はるかな記憶が潜在し続けていてくれるかららしいのか その後はおよそ衝動的で破壊的行為に走ることはなく 世間並みの一市井人として この世に滞在してこれたというわけでなのであります (おおげさか?)
幼児の思いがけない残酷な仕打ちは後年に思い出してぞっとすることがありますね 僕も何回か経験していますよ
弱いものイジメに加担したこともあるしね
人生でのそういう残酷性はエスカレートしなくてすんで良かったと思いますが言葉や態度ではチョッピリその名残がありますね
自分の心の中の残虐さに驚くことがありますよ
投稿: tedsaab | 2010年2月 1日 (月) 01:05
然り そうです
しかし 問題なのは加齢によってでしょうか そんなことも段々と印象が薄れ すべてが自分の内で 流されて行くということで それが寂しいというか もっとギラギラ フツフツとぶつかり合う そんな若さの消えて行きつつあるこの現状が?・・・
さしもの失われた時を求めて でもなく 失われた時を懐かしんで とでもいう気分なのでしょうけれど・・・
投稿: 文芸夏冬 | 2010年2月 1日 (月) 06:12